9月13~16日のイベントについてですが、後で時々思い出すことがあるので追記しています。
今日は会場とボーナストラックについて書き加えました。
気付いたらイベントの書き込みから急にアクセスが増えていたので、また大きな変更があればお知らせします。
一度は解散した2010年12月4日以降、また度見たかった情報が見つからないことがありました。モートンのソロ始動を機に覚え書きブログを始め、書ける時に思いついたことを書き込んでいます。 a-haとメンバーのオフィシャルサイト、a-ha-live.comについては抜粋の日本語訳に了解をいただき、当然のこととして元情報へのリンクを付けています。他のサイトで紹介される場合もリンクは消さないようお願いします。また2015年の再結成で複数のファンが情報を更新する a-ha holic というブログサイトができましたので最新情報はそちらをご参照ください。マグスだけでも追いつけないほど活動しているため、進行形のa-haはフォローしきれないスローペースのブログですのでよろしくお願いします。英語以外の情報はGoogle翻訳で英語にしてから訳し、元が英語でも音声や動画を含め基本は情報のまとめです。後で修正することもありますが、元の投稿に書き込んで分散しないよう整理しています。
2012年9月29日
2012年9月22日
9月13~16日のイベント
a-ha.comが先週末のイベント詳細スケジュールを発表したのは9月11日。
最終決定として一度発表したものの、一部に記載ミスがあったことから翌日修正されました。
PDFのダウンロードはオスロに移動していたため(ホテルのフロントに依頼すればできたものの)印刷しませんでしたが、a-ha関連のイベント会場ではあちこちで知り合った顔見知りが頻繁に顔を合わせ、たいてい誰かが持っていたのでお互いスケジュールを確認することができました。
9月13日(木)
9月14日(金)
9月15日(土)
9月16日(日)
コンサートについてはYouTubeにたくさん動画がアップされていますが、ステージだけでもいろんなことがあったので後でまとめようと思います。
現代美術館の外には9月14日からと書かれた垂れ幕がありましたが、13日には挨拶やワインパーティーなどのイベントが行われ、非常に賑やかでした。
Apparatjikの部屋は2階の片隅にあり、ほとんどの人の感想は“Interesting”だったようです。ただ現代アートということでそれぞれに個性的な展示が並んでいましたが、Apparatjikの部屋だけはスピーカーの数や配置を変えてあったのか、音の広がりがまったく違い、音楽ではないのですが何となく心地良かったです。
この展示についてはa-ha.comで写真が紹介されています。
面白かったのがその隣の広い空間を使っていたアーティスト名がPhil Collinsだったこと。
(大きな部屋を3つに区切って映像を流しているのですが、フィルは全く登場しなかったようです。60分の作品を通して見られるほど時間はありませんでした。)
ちょっと話はそれますが、日本ではちょうど9月14日に公開された映画(白雪姫と鏡の女王)で白雪姫を演じているのはリリー・コリンズ、お父さんはフィル・コリンズです。ノルウェー語版で白雪姫の吹き替えを担当したのはTomine Harket、お父さんはモートンで、モートン自身も王様の声を吹き替えています。
Stolper + Friendsでの写真展は、この写真集から19枚をピックアップして展示されています。23日まで開催中で、8月30日夜に行われたオープニングにはマグスとスティアンも出席していました。
写真集は以前出版されたものより大きめで、ハードカバーにケースも付いて1冊2.7Kgもありました。日本やアメリカは送料が高いことから複数購入した人もちょくちょく見かけましたが、あまりの重さに持ち帰るのを諦め、オスロの郵便局から送った人もいました。
スティアンはとても気さくな人で、後ろで子供を遊ばせながらサイン会をしていました。
Q&Aではいろんな話が出ていました。
(確かマイクはNGだったと思うので少ないですが、他にもいくつか動画がアップされています)
ブックフェスティバルは毎年9月に行われるノルウェー最大の本と読書のイベントで、複数の会場で様々な本の著者や関係者が朗読をしたり背景について話したりしていました。
a-haを撮り続けて今回写真集を出版したスティアンとモートンは、2010年12月1日にa-ha最後のサイン会を行った本屋さんに近いステージで30分弱のインタビューを行いました。
この時の写真とYouTubeにアップされた動画はa-ha.comのニュースでも紹介されています。
国立図書館でのa-ha展は大幅に規模を縮小したものの、以前とは違うものも展示され、音源や映像は1人ずつ座ってゆっくり鑑賞できるようになっていました。
ファンパーティーやQ&A(コンベンション)では通常のチケットやリストバンド以外にも20クローネで購入するチケットがあり、普段のモートンをよく知っているファン達がモートンの名前で赤十字に寄付するためにお金を集めていました。
パーティーはたまにモートンのソロ曲がかかり、人によってはa-ha30周年だからa-haだけにしてほしかったと言っていましたが、3amまで映像と音楽にひたれて楽しかったです。
最終決定として一度発表したものの、一部に記載ミスがあったことから翌日修正されました。
PDFのダウンロードはオスロに移動していたため(ホテルのフロントに依頼すればできたものの)印刷しませんでしたが、a-ha関連のイベント会場ではあちこちで知り合った顔見知りが頻繁に顔を合わせ、たいてい誰かが持っていたのでお互いスケジュールを確認することができました。
最終スケジュール(a-ha.com発表)
9月13日(木)
Time
| Event |
---|---|
1100 – 1900 |
I Wish This Was A Song (incl. Apparatjik installation)
Museum of Contemporary Art – Bankplassen 4, Oslo |
1200 – 1700 |
Stian Andersen: a-ha – The Photographs
Stolper + Friends Gallery – Tjuvholmen Alle 6, Oslo |
9月14日(金)
Time
| Event |
---|---|
0900 – 2300 |
From Bridges to Butterfly: Three decades of a-ha
The National Library of Norway Henrik Ibsens gate 110, Solli plass, Oslo |
1000 – 1900 |
Moods of Norway
20% Discount if you mention ‘a-ha’ at checkout Stores located at Hegdehaugsveien 34 and Akersgata 18 |
1100 – 1700 |
I Wish This Was A Song (incl. Apparatjik installation)
Museum of Contemporary Art – Bankplassen 4, Oslo |
1200 – 1700 | |
Taking Place at Sentrum Scene: | |
1400 – 1800 |
Book distribution for pre-orders placed before Sept 1
Books available to purchase from Press Book signing with Stian Andersen Wristband distribution for 30th anniversary events |
1930 |
Doors open for those with wristbands
|
2000 |
Doors open for the public
|
2030 |
Martin Halla on stage
|
2130 |
Morten Harket on stage
|
2315 |
Morten’s concert ends (approximately)
|
2400 – 0300 |
a-ha 30th anniversary party
|
9月15日(土)
Time
| Event |
---|---|
0900 – 1700 |
From Bridges to Butterfly: Three decades of a-ha
The National Library of Norway Henrik Ibsens gate 110, Solli plass, Oslo |
1000 – 1700 |
Stian Andersen: a-ha – The Photographs
Special opening hours – Stolper + Friends Gallery Tjuvholmen Alle 6, Oslo |
1000 – 1700 |
Moods of Norway
20% Discount if you mention ‘a-ha’ at checkout Stores located at Hegdehaugsveien 34 and Akersgata 18 |
1200 – 1700 |
I Wish This Was A Song (incl. Apparatjik installation)
Museum of Contemporary Art – Bankplassen 4, Oslo |
Taking Place at Sentrum Scene: | |
1100 |
Doors open for a-ha fan convention
|
1200 – 1400 |
Q&A with guest speakers:
Erik Ljunggren and Dan Sunhordvik - backing musicians for a-ha, Morten and Magne James Maillardet - production manager for a-ha and Morten |
Taking Place at Oslo Bokfestival – ‘Spikersuppa’: | |
1545 – 1615 |
Q&A with Morten Harket and Stian Andersen
|
1615 |
Book signing with Stian Andersen
|
Taking Place at Sentrum Scene: | |
2000 |
Doors open for the public
|
2030 |
Martin Halla on stage
|
2130 |
Morten Harket on stage
|
9月16日(日)
Time
| Event |
---|---|
1000 – 1700 |
Stian Andersen: a-ha – The Photographs
Special opening hours – Stolper + Friends Gallery Tjuvholmen Alle 6, 0252 Oslo |
1200 – 1700 |
I Wish This Was A Song (incl. Apparatjik installation)
Museum of Contemporary Art – Bankplassen 4, Oslo |
1300 – 1600 |
From Bridges to Butterfly: Three decades of a-ha
The National Library of Norway Henrik Ibsens gate 110, Solli plass, Oslo |
コンサートについてはYouTubeにたくさん動画がアップされていますが、ステージだけでもいろんなことがあったので後でまとめようと思います。
現代美術館の外には9月14日からと書かれた垂れ幕がありましたが、13日には挨拶やワインパーティーなどのイベントが行われ、非常に賑やかでした。
Apparatjikの部屋は2階の片隅にあり、ほとんどの人の感想は“Interesting”だったようです。ただ現代アートということでそれぞれに個性的な展示が並んでいましたが、Apparatjikの部屋だけはスピーカーの数や配置を変えてあったのか、音の広がりがまったく違い、音楽ではないのですが何となく心地良かったです。
この展示についてはa-ha.comで写真が紹介されています。
面白かったのがその隣の広い空間を使っていたアーティスト名がPhil Collinsだったこと。
(大きな部屋を3つに区切って映像を流しているのですが、フィルは全く登場しなかったようです。60分の作品を通して見られるほど時間はありませんでした。)
ちょっと話はそれますが、日本ではちょうど9月14日に公開された映画(白雪姫と鏡の女王)で白雪姫を演じているのはリリー・コリンズ、お父さんはフィル・コリンズです。ノルウェー語版で白雪姫の吹き替えを担当したのはTomine Harket、お父さんはモートンで、モートン自身も王様の声を吹き替えています。
Stolper + Friendsでの写真展は、この写真集から19枚をピックアップして展示されています。23日まで開催中で、8月30日夜に行われたオープニングにはマグスとスティアンも出席していました。
写真集は以前出版されたものより大きめで、ハードカバーにケースも付いて1冊2.7Kgもありました。日本やアメリカは送料が高いことから複数購入した人もちょくちょく見かけましたが、あまりの重さに持ち帰るのを諦め、オスロの郵便局から送った人もいました。
スティアンはとても気さくな人で、後ろで子供を遊ばせながらサイン会をしていました。
Q&Aではいろんな話が出ていました。
(確かマイクはNGだったと思うので少ないですが、他にもいくつか動画がアップされています)
- モートンは次のアルバムを出すことを考えていて、今年のツアーはあと9月22~30日の南米のみになりそう。
- ポールは2枚ぐらいアルバムを出す用意がある。
- マグスもソロアルバムを出しそう。
- a-haのファイナルコンサートDVD(Ending On A High Note)にThe Bandstandが入らなかったのは、何らかの技術トラブルかバックステージとの連携がうまくいかなかったことによるもの。Bowling Greenは明らかなトラブルだったけど、The Bandstandについては見えない部分で何かあったらしく、バックステージに次のパフォーマンスが何かきちんと伝わっていなかったようなことを、エリックが話していました。
- 日本や北米での活動についても話していましたが、現在ドイツのユニバーサルと契約していることから他国でのプロモーションは全てドイツ経由になり、いろいろ制約があるそうです。今回のモートンのソロ活動でもプロモーターがa-haの名前を前面に出し、本人が歌わないつもりでいた曲名を含めてずらっと列記したポスターを作ってきたりして、モートン側としてはかなり頑張って the voice of a-ha に落ち着かせたようです。ハラルド個人としては日本に行きたいと言っていました。
- KENTの曲(Burn Money Burn)を入れたのは、マネージャーがKENTのファンだったから。最初は“なんで?”とモートンに何度も聞かれたそうです。結局モートン自身も気に入って自分で英訳し、自分の歌として取り込んだ形になりました。
- コンサートの後、出待ちに対応してくれる時としない時があるのはモートンのコンディション次第のようです。ハラルドが見る限り、モートンはファンと会うのが好きだしかなりの確立でファンのいる所に出ているけれど、風邪を引いたり喉の調子が悪かったりすると難しいと話していました。
- ツアー中のセットリストは基本的に変えない。バックで演奏している側にも次の曲への準備が必要で、途中で変えると楽器の持ち替えや調整が追いつかないそうです。特にダンはギターもキーボードも担当するので難しそうです。
- 技術的に演奏しやすいのはStay on these roadsやA kind of Chirstmas card。Los Angelesは特にダンが忙しい曲で、確かエリックはOut of blue comes greenが大変だと話していたと思います。
- 過去のコンサートで一番すごかった(?)会場はソロで行ったサーカスのテントだった。質問は一番良かった会場、悪かった会場はどこか、という内容でしたが、これを最悪と呼ぶべきかどうか。最初に会場を見に行ったハラルドは何とか変更できないか交渉したようですが、そこしかないということで決行されたそうです。一応しっかりした客席もあるテントだったものの、“これはモートンに言えない!”と直前まで何とか曖昧にごまかしていたそうです。いよいよ会場を見せた時はヒヤヒヤしていたようですが、モートンも舞台裏の動物達もけっこう気に入っていたようで、アンコールのTake on Meでは裏でライオンが吠えていたとか・・・ちなみに最高の会場としてはロイヤル・アルバート・ホールの名前が挙がっていました。
- ドイツのみボーナストラックでリリースされたUndecidedがアルバム(Out of My Hands)に収録されなかったのは、アルバム全体が1つの作品だから。Undecided単独の評価が高くても、10曲で完成されたアルバムに付け足すとバランスが崩れると考えたようです。
ブックフェスティバルは毎年9月に行われるノルウェー最大の本と読書のイベントで、複数の会場で様々な本の著者や関係者が朗読をしたり背景について話したりしていました。
a-haを撮り続けて今回写真集を出版したスティアンとモートンは、2010年12月1日にa-ha最後のサイン会を行った本屋さんに近いステージで30分弱のインタビューを行いました。
この時の写真とYouTubeにアップされた動画はa-ha.comのニュースでも紹介されています。
国立図書館でのa-ha展は大幅に規模を縮小したものの、以前とは違うものも展示され、音源や映像は1人ずつ座ってゆっくり鑑賞できるようになっていました。
ファンパーティーやQ&A(コンベンション)では通常のチケットやリストバンド以外にも20クローネで購入するチケットがあり、普段のモートンをよく知っているファン達がモートンの名前で赤十字に寄付するためにお金を集めていました。
パーティーはたまにモートンのソロ曲がかかり、人によってはa-ha30周年だからa-haだけにしてほしかったと言っていましたが、3amまで映像と音楽にひたれて楽しかったです。
ラベル:
2012,
a-ha,
Art,
Event,
Magne,
Martin Halla,
Morten,
Paul,
Stolper+Friends,
The Voice
2012年9月10日
モートンGreen Music Award受賞、a-ha勲一等
音楽業界で特に環境への関わりが深いことから、モートンがドイツのGreen Music Awardを受賞した。
エネルギー、航空、コミュニケーション、ライフスタイル、移動手段、ジュニア、音楽と7つのカテゴリーで審査するClean Tech Media Awardは9月7日に授賞式が行われ、ビジネスや文化に関係する1,000人以上のゲストが招待された中、専門家の枠を越えて注目を集めるセレブが花を添えました。
モートンの受賞が発表されたのは8月23日で、次のように紹介されていました。
電気自動車、再生可能エネルギー、熱帯雨林の保護、自然に親しんだライフスタイルに長く関わってきたことが評価されました。モートンは25年に渡って環境団体ベローナに関わり、現在の総裁であるFrederic Haugeと共に母国ノルウェーに初めての電気自動車、フィアット・パンダを導入した。
80年代、モートンは最初の活動の1つとして電気自動車を広めた。“良いことをして、それについて話す”というモットーは、彼を変わった人だと印象づけた。環境保護や数多くの社会活動に関わり、環境への際立った取り組みが評価されて、9月7日にベルリンのClean Tech Media Awardの新しい音楽部門、Green Music Awardを受賞する。
モートン: 公人として環境問題へ着目する機会があり、たぶんそれが環境への意識を高めることになったんだろう。この長い旅に対するGreen Music Awardの受賞は非常に名誉なことだと思う。
Clean Tech Media Award創始者のMarco Voigtは、音楽業界は多くの人に環境を意識させる膨大な可能性を持っている。ミュージシャンは行動で流れを作り、ロールモデルにもなることもできる。彼の音楽を通してファンは環境問題を感性で敏感に感じ取れるようになり、より関わりを持つようになる、と説明します。
a-haのメンバーとしてもソロアーティストとしても長年チャートを制覇し、世界的にファンの心をつかみながら、環境に優しい姿勢を備えています。
The Clean Tech Media Awardはカテゴリーごとにスポンサーが付き、音楽部門はJacob Bilabelが創設したヨーロッパのプロダクション、Green Music Initiativeが務めています。環境への負荷を減らすというコンセプトから、MELT!のようなメジャーなフェスティバルを育て、プロダクションのあらゆる分野でCO2の削減を目指しています。
----------
Green Music Initiativeは今回の賞について9月3日にウェブサイトで発表し、ノルウェー初の電気自動車の写真を掲載しています。写真には1993年と書かれていますが、2010年にカーマガジン388号に掲載されたインタビュー記事の通り、実際には1989年。おまけにマグスも写っているのに今回の賞とは関係ないので名前もありません。
モートンが正当評価されたことは嬉しいのですが、ちょっと残念でした・・・
今回の受賞理由は、“モートンの電気自動車や再生可能エネルギーへの熱心な取り組みは環境保護やクリーンエネルギーの重要性を示している。またライフスタイルに取り込む姿勢を貫き、環境に優しいアイデアを伝える大きな役割を果たしている。”ことだそうです。
授賞式当日の記事にはグリーン・カーペットで(?)サインに応じている写真も掲載されていました。
a-ha結成30周年の記念日コンサートはちょうどこの1週間後。
前日にはa-haの3人それぞれにノルウェー王室から勲章(日本では勲一等の文化勲章、イギリスではナイトの称号に当たるようです)が授与されると発表され、母国では音楽面での貢献も高く評価されています。
http://www.musicexportnorway.no/a-ha-receives-prestigious-award.5087027-149133.html
この叙勲についてはセレモニーが11月6日に行われるということなので、久しぶりに3人揃ってメディアに登場しそうです。
エネルギー、航空、コミュニケーション、ライフスタイル、移動手段、ジュニア、音楽と7つのカテゴリーで審査するClean Tech Media Awardは9月7日に授賞式が行われ、ビジネスや文化に関係する1,000人以上のゲストが招待された中、専門家の枠を越えて注目を集めるセレブが花を添えました。
モートンの受賞が発表されたのは8月23日で、次のように紹介されていました。
電気自動車、再生可能エネルギー、熱帯雨林の保護、自然に親しんだライフスタイルに長く関わってきたことが評価されました。モートンは25年に渡って環境団体ベローナに関わり、現在の総裁であるFrederic Haugeと共に母国ノルウェーに初めての電気自動車、フィアット・パンダを導入した。
80年代、モートンは最初の活動の1つとして電気自動車を広めた。“良いことをして、それについて話す”というモットーは、彼を変わった人だと印象づけた。環境保護や数多くの社会活動に関わり、環境への際立った取り組みが評価されて、9月7日にベルリンのClean Tech Media Awardの新しい音楽部門、Green Music Awardを受賞する。
モートン: 公人として環境問題へ着目する機会があり、たぶんそれが環境への意識を高めることになったんだろう。この長い旅に対するGreen Music Awardの受賞は非常に名誉なことだと思う。
Clean Tech Media Award創始者のMarco Voigtは、音楽業界は多くの人に環境を意識させる膨大な可能性を持っている。ミュージシャンは行動で流れを作り、ロールモデルにもなることもできる。彼の音楽を通してファンは環境問題を感性で敏感に感じ取れるようになり、より関わりを持つようになる、と説明します。
a-haのメンバーとしてもソロアーティストとしても長年チャートを制覇し、世界的にファンの心をつかみながら、環境に優しい姿勢を備えています。
The Clean Tech Media Awardはカテゴリーごとにスポンサーが付き、音楽部門はJacob Bilabelが創設したヨーロッパのプロダクション、Green Music Initiativeが務めています。環境への負荷を減らすというコンセプトから、MELT!のようなメジャーなフェスティバルを育て、プロダクションのあらゆる分野でCO2の削減を目指しています。
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Green Music Initiativeは今回の賞について9月3日にウェブサイトで発表し、ノルウェー初の電気自動車の写真を掲載しています。写真には1993年と書かれていますが、2010年にカーマガジン388号に掲載されたインタビュー記事の通り、実際には1989年。おまけにマグスも写っているのに今回の賞とは関係ないので名前もありません。
モートンが正当評価されたことは嬉しいのですが、ちょっと残念でした・・・
今回の受賞理由は、“モートンの電気自動車や再生可能エネルギーへの熱心な取り組みは環境保護やクリーンエネルギーの重要性を示している。またライフスタイルに取り込む姿勢を貫き、環境に優しいアイデアを伝える大きな役割を果たしている。”ことだそうです。
授賞式当日の記事にはグリーン・カーペットで(?)サインに応じている写真も掲載されていました。
a-ha結成30周年の記念日コンサートはちょうどこの1週間後。
前日にはa-haの3人それぞれにノルウェー王室から勲章(日本では勲一等の文化勲章、イギリスではナイトの称号に当たるようです)が授与されると発表され、母国では音楽面での貢献も高く評価されています。
http://www.musicexportnorway.no/a-ha-receives-prestigious-award.5087027-149133.html
この叙勲についてはセレモニーが11月6日に行われるということなので、久しぶりに3人揃ってメディアに登場しそうです。
ラベル:
2012,
a-ha,
Award,
Environment,
Morten
2012年9月2日
マグス&スーパーヨット
7月終わり頃、マグスのデザインしたスーパーヨットの帆がお披露目されました。
http://www.boatinternational.com/2012/07/31/unique-sail-art-for-66m-vitters-yacht-aglaia/
http://www.superyachtdesign.com/features.asp?fid=1304
遠景だと分かりにくいけど、実際に人が乗るとかなり大きいのが分かります。
海と空の青にオレンジが映えて、晴れた日は特に目を引きそう。
Magne Furuholmenはa-haのキーボードプレイヤー、アートディレクターとして80年代にキャリアをスタートさせました。長年多くの作品を作り出してきましたが、66mのスループ、Aglaiaの1,787㎡もあるCode 1セイル(※専門店のセイルタイプを参照)は、今までで技術的に一番やりがいのあるプロジェクトでした。
ヨットのオーナーは、数年前にノルウェーでマグネの作品展を見てからアーティストを紹介されました。もとは2007年ノーベル平和賞の依頼だったClimax Orangeコレクションの半分、8作品はメインサロン等の主要エリアやキャビンを飾りました。
マグネ: 船のために作品の一部を買いたいという話だった。その船は見たことがないけど、シリーズを損ないたくない、1つの作品として一緒にしておきたいと説明した。
ところが作品を額に納めると、オーナーはさらに過去最大の作品を依頼した。
マグネ: オーナーはシリーズを船のDNAに根付かせたいと、船の帆に何か作ってみないか聞いてきたんだ。
ヨットは初めてだったが、以前に巨大クルーズ船で14階のガラス階段を手がけたことがあるので、マリン市場は初めてではない。
マグネ: とはいえ、Aglaiaは完全に違ったプロジェクトだった。クルーズ船はアートやデザインがいっぱいで、完全に感覚を爆発させて良かった。Aglaiaは素晴らしいデザインで全てが完成され、完璧な状態から始めてめちゃくちゃにするようだった。
45mのモーターヨット、Aslec 4のオーナーが家族のクリスチャン・ネームの頭文字からヨットの名前を付けることから、マグネはギリシャ神話の美の神アグライアを示す辞書の意味から文字をピックアップし、さらにオーナーや子供達からもアルファベットを入れてゆったりと家族につながるよう独自のテイストを加えた。
マグネ: 物事にいろいろな角度からアプローチしたり、言語や言葉、その意味、文章の抽象的な意味なんかに取り組むのが好きなんだ。
実際に取り付けられると全く違う形になり、キロ単位の遠方からでもインパクトのあるビジュアルを目指すことが芸術的な挑戦でした。使っているうちにすり切れたり破れたり、強い風を受けたり海水の波しぶきにさらされたり、実用面での課題もありました。
これほど大きなカスタムメイドの帆を作り上げる技術も初めてでしたが、紙に描かれたデザインを帆に写す作業をすぐにマスターし、経験豊富なチーム、特に帆へのペインティングではスペシャリストであるパルマのPatrick Molony Harrisの支援を受けてデザインを完璧なものへと仕上げていきました。
マグネ: スタジオで30~25分の1のモデルから始めた。それから10分の1のテスト用セイルを作って冬の間パルマで使って機能をチェックした。いくつか修正版を作り、やっと模型からCode 1セイルに転写したんだ。最初は特大モップとペンキを持って巨大な帆に張り巡らされたハーネスに自分がぶら下がる姿を想像していたけど、非常にコントロールされた環境のステージでのペイントだった。きちんと乾かして海に出られる十分な強度を確保する必要があったからね。
NASAのために開発されたキューベン・ファイバー(Cuben Fibre、日本の専門サイトにも載っていました)製のセイル、Code 1は過酷なレース用ヨットに使われる特殊な乳剤を使ってペイントされました。オレンジの部分を同じキューベン・ファイバーで作る案もありましたが、これは高くなりすぎると判断されました。
マグネ: オレンジの四角い部分はポスト・イットのメモで作った最初の模型からそのまま持って来たから、きっと世界一大きなポスト・イットだろうね。オレンジはいつも船の一部だった。オーナーが買ったシリーズに入っていたとても強い色だから。それに船はオランダのものだし、国のカラーであるオレンジが入るのは気に入ると思うよ。
完成した作品はオーナーに気に入られ、マグネも達成感があったようですが、“他にも2つ船のオファーがあったけど断った。最初に依頼した人より特別さを下げるのは嫌だった。このプロジェクトは本当に自分だけのもの、と言える基準を押し上げてしまったからよく考えることになった。それに新しいキャリアを求めているわけじゃないから。”
----------
訳しながらいろいろなサイトを見ていたら、YouTubeにこんな動画がありました。
1,800㎡なのでほぼマグスの“作品”と同じサイズ。
半端じゃない大きさですね!
マグスが船に関わった“前作”は、ノルウェーの沿岸急行船のことだと思います。
モートンが進水式に立ち会って、船の中は“マグネの作品だらけだった”と言っていた Ms Midnatsol は、マグスの作品があちこちにあるそうです。
Hurtigrutenのウェブサイトでは、船の中の様子も見られるようになっています。
http://www.hurtigruten.com/schedule/ships/hurtigrutens-ships/ms-midnatsol/?tab=onboard
360度ぐるっと回転して船内を見せてくれて、マウスでスピードや角度を変えられるようにもなっていますが、スピードアップして同じ方向にぐるぐる回っていると船酔いしたように気分が悪くなることがあります。ご注意を!
http://www.boatinternational.com/2012/07/31/unique-sail-art-for-66m-vitters-yacht-aglaia/
http://www.superyachtdesign.com/features.asp?fid=1304
遠景だと分かりにくいけど、実際に人が乗るとかなり大きいのが分かります。
海と空の青にオレンジが映えて、晴れた日は特に目を引きそう。
Magne Furuholmenはa-haのキーボードプレイヤー、アートディレクターとして80年代にキャリアをスタートさせました。長年多くの作品を作り出してきましたが、66mのスループ、Aglaiaの1,787㎡もあるCode 1セイル(※専門店のセイルタイプを参照)は、今までで技術的に一番やりがいのあるプロジェクトでした。
ヨットのオーナーは、数年前にノルウェーでマグネの作品展を見てからアーティストを紹介されました。もとは2007年ノーベル平和賞の依頼だったClimax Orangeコレクションの半分、8作品はメインサロン等の主要エリアやキャビンを飾りました。
マグネ: 船のために作品の一部を買いたいという話だった。その船は見たことがないけど、シリーズを損ないたくない、1つの作品として一緒にしておきたいと説明した。
ところが作品を額に納めると、オーナーはさらに過去最大の作品を依頼した。
マグネ: オーナーはシリーズを船のDNAに根付かせたいと、船の帆に何か作ってみないか聞いてきたんだ。
ヨットは初めてだったが、以前に巨大クルーズ船で14階のガラス階段を手がけたことがあるので、マリン市場は初めてではない。
マグネ: とはいえ、Aglaiaは完全に違ったプロジェクトだった。クルーズ船はアートやデザインがいっぱいで、完全に感覚を爆発させて良かった。Aglaiaは素晴らしいデザインで全てが完成され、完璧な状態から始めてめちゃくちゃにするようだった。
45mのモーターヨット、Aslec 4のオーナーが家族のクリスチャン・ネームの頭文字からヨットの名前を付けることから、マグネはギリシャ神話の美の神アグライアを示す辞書の意味から文字をピックアップし、さらにオーナーや子供達からもアルファベットを入れてゆったりと家族につながるよう独自のテイストを加えた。
マグネ: 物事にいろいろな角度からアプローチしたり、言語や言葉、その意味、文章の抽象的な意味なんかに取り組むのが好きなんだ。
実際に取り付けられると全く違う形になり、キロ単位の遠方からでもインパクトのあるビジュアルを目指すことが芸術的な挑戦でした。使っているうちにすり切れたり破れたり、強い風を受けたり海水の波しぶきにさらされたり、実用面での課題もありました。
これほど大きなカスタムメイドの帆を作り上げる技術も初めてでしたが、紙に描かれたデザインを帆に写す作業をすぐにマスターし、経験豊富なチーム、特に帆へのペインティングではスペシャリストであるパルマのPatrick Molony Harrisの支援を受けてデザインを完璧なものへと仕上げていきました。
マグネ: スタジオで30~25分の1のモデルから始めた。それから10分の1のテスト用セイルを作って冬の間パルマで使って機能をチェックした。いくつか修正版を作り、やっと模型からCode 1セイルに転写したんだ。最初は特大モップとペンキを持って巨大な帆に張り巡らされたハーネスに自分がぶら下がる姿を想像していたけど、非常にコントロールされた環境のステージでのペイントだった。きちんと乾かして海に出られる十分な強度を確保する必要があったからね。
NASAのために開発されたキューベン・ファイバー(Cuben Fibre、日本の専門サイトにも載っていました)製のセイル、Code 1は過酷なレース用ヨットに使われる特殊な乳剤を使ってペイントされました。オレンジの部分を同じキューベン・ファイバーで作る案もありましたが、これは高くなりすぎると判断されました。
マグネ: オレンジの四角い部分はポスト・イットのメモで作った最初の模型からそのまま持って来たから、きっと世界一大きなポスト・イットだろうね。オレンジはいつも船の一部だった。オーナーが買ったシリーズに入っていたとても強い色だから。それに船はオランダのものだし、国のカラーであるオレンジが入るのは気に入ると思うよ。
完成した作品はオーナーに気に入られ、マグネも達成感があったようですが、“他にも2つ船のオファーがあったけど断った。最初に依頼した人より特別さを下げるのは嫌だった。このプロジェクトは本当に自分だけのもの、と言える基準を押し上げてしまったからよく考えることになった。それに新しいキャリアを求めているわけじゃないから。”
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訳しながらいろいろなサイトを見ていたら、YouTubeにこんな動画がありました。
1,800㎡なのでほぼマグスの“作品”と同じサイズ。
半端じゃない大きさですね!
マグスが船に関わった“前作”は、ノルウェーの沿岸急行船のことだと思います。
モートンが進水式に立ち会って、船の中は“マグネの作品だらけだった”と言っていた Ms Midnatsol は、マグスの作品があちこちにあるそうです。
Hurtigrutenのウェブサイトでは、船の中の様子も見られるようになっています。
http://www.hurtigruten.com/schedule/ships/hurtigrutens-ships/ms-midnatsol/?tab=onboard
360度ぐるっと回転して船内を見せてくれて、マウスでスピードや角度を変えられるようにもなっていますが、スピードアップして同じ方向にぐるぐる回っていると船酔いしたように気分が悪くなることがあります。ご注意を!
2012年8月19日
The Voice - その後
マグスは来シーズンのThe Voice参加を打診されたものの、まだ新しい才能に向き合える状態ではないと断ったそうです。
新しいオーディション番組、The Voiceは昨シーズンのIdolより評価が高かったものの、来年はIdolに変わります。
Magne Furuholmenは新シーズンの審査員として参加できないか打診されましたが断りました。
今年の参加者が音楽業界に踏み出すサポートをするという約束を果たす前に、新しい才能に向き合うことはないでしょう。
- (今シーズンの審査の過程で)約束を守るという信念を持って取り組んだ。最善の形で音楽の道に進めるようサポートする。
- 本気で挑戦する前に次のシーズンをやるのは受け入れ難い。やり残したまま新しいことに取り組んだりしない。
Sondre Lercheも新シーズンの審査員はしたくないという意思を示し、Yosef Wolde-MariamとHanne Sørvaagの2人は可能性を排除してはいなかったようです。
TV 2では2人の審査員に断られたからではなく、世界的に成功した形があり、ノルウェーでも多くのアーティストを生み出している上、来年はIdolの10周年に当たるなど、いろいろな理由があって決定したそうです。
いろんなことで忙しいマグスだけど、どれも中途半端に終わらせない所が彼らしいなと思います。
昨シーズンのノルウェー版IdolはYouTubeでもいくつか見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=tfkFYzRfDzw&feature=BFa&list=PLC83E670298B56BA5
やはりa-haの曲も人気ですが、ちょっと???なタイトルもありました。
もちろんTVではちゃんと“HUNTING HIGH AND LOW”になっていますから、a-haをよく知らない人がアップしてそのままになってしまったのでしょう。
8月10日付Dagbladet(KJENDIS = セレブ)の内容
新しいオーディション番組、The Voiceは昨シーズンのIdolより評価が高かったものの、来年はIdolに変わります。
Magne Furuholmenは新シーズンの審査員として参加できないか打診されましたが断りました。
今年の参加者が音楽業界に踏み出すサポートをするという約束を果たす前に、新しい才能に向き合うことはないでしょう。
- (今シーズンの審査の過程で)約束を守るという信念を持って取り組んだ。最善の形で音楽の道に進めるようサポートする。
- 本気で挑戦する前に次のシーズンをやるのは受け入れ難い。やり残したまま新しいことに取り組んだりしない。
Sondre Lercheも新シーズンの審査員はしたくないという意思を示し、Yosef Wolde-MariamとHanne Sørvaagの2人は可能性を排除してはいなかったようです。
TV 2では2人の審査員に断られたからではなく、世界的に成功した形があり、ノルウェーでも多くのアーティストを生み出している上、来年はIdolの10周年に当たるなど、いろいろな理由があって決定したそうです。
いろんなことで忙しいマグスだけど、どれも中途半端に終わらせない所が彼らしいなと思います。
昨シーズンのノルウェー版IdolはYouTubeでもいくつか見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=tfkFYzRfDzw&feature=BFa&list=PLC83E670298B56BA5
やはりa-haの曲も人気ですが、ちょっと???なタイトルもありました。
もちろんTVではちゃんと“HUNTING HIGH AND LOW”になっていますから、a-haをよく知らない人がアップしてそのままになってしまったのでしょう。
The Voiceはメンター(審査員)の負担がかなり大きそうだし、毎年続けるのは難しいだろうけど、The Voiceでも他の機会でも、またマグスが見慣れた様子でキーボードを弾く姿を見られるといいなと思います。
2012年8月18日
Roskilde Festival
7月5日、デンマークのRoskilde FestivalでApparatjikのパフォーマンスがあった。
前に募集していた写真はこのためだったのかと、動画を見て納得しました。
動画の方はRoskilde Festivalのサイトで見られますが、これは大人向けだろうと思われる演出もあるので子供が近くにいる場合はとりあえず1曲だけ見てストップした方が良さそうです。
動画ページは他のパフォーマンスが最初に表示されますが、上から3番目のOrange StageをクリックするとApparatjikを見られます。
最初は全員筋肉スーツで登場。
マスクはメンバーの中で一番知名度の低いMartinだそうです。
マグス(科学者が“神の粒子”を見つけた翌日): 今夜のコンサートはヒッグス粒子のお祝い。時間や空間を越えて操作するんだ。Roskildeに来る前からこうなると分かっていたよ。
4人のミュージシャンは今までに知られた形とは完全に違うことをしようと決めていた。
a-haのMagne Furuholmen、Mew(デンマーク)のJonas Bjerre、ColdplayのGuy Berryman、ノルウェーではThe Voiceでマグスのパートナーだったことでも知られるプロデューサー(スウェーデン)のMartin Terefeと、それぞれ有名な4人のスーパーグループ。
Roskildeのステージを控えたApparatjikを直撃。BerrymanはColdplayと別の世界にいて、Martin Terefeには誰もインタビューを申し出なかったので、FuruholmenとBjerreはTerefeに変装し、マスクをかぶったまま話した。
2人: 自分達の名声を探るのは面白い。Martinは知名度が一番低かったので、ステージではみんな彼になることにした。Roskildeの群衆を誰だか知られずに通り抜けるのは社会的慣習だと思うよ。
- 今までずっと属していた業界への挑戦?
Bjerre: 自分達のやり方でやるショーだと思う。
Furuholmen: 僕達は世界の指示に従って生きてきたけど、手綱を離したらどうなるか見てみたいんだ。
- だから実験に広いスペースが必要。いつも僕達に新しいことを教えてくれる。音楽ビジネスに挑戦しているわけじゃなく、自分達への挑戦だよ。音楽業界は制約が多すぎる。機械に小石を投げて、どうなるか見てみたんだ。
- 誰かの意見をバカにするのも自由。他人の期待を壊す意味じゃなく、自分達の期待だけが、できることとできないことを知る方法だってこと。
- 科学者が3分間のラブソングを作ってくれて嬉しいよ。
ラベル:
2012,
Apparatjik,
Event,
Magne
2012年8月6日
a-haとロンドン
2010年10月、a-haファイナルまで2ヶ月となったロンドンで、ベスト盤アルバム(25。日本盤のみファン投票で中身と曲順を決定)のプロモーション(サイン会&ギグ)とロイヤル・アルバート・ホールでのシンフォニーコンサートがありました。
ロンドンは国際的な成功を目指した3人の最初の拠点。YouTubeでマグスがその場所を案内していたので、イベントの合間に地図とバス&地下鉄の路線図をチェックして見てきました。
最初にポールとマグスが住んでいた通り、(マグス1人かポールと2人かはよく分かりませんが)バイトしていたパブ、うまくいかなくて一度ノルウェーに戻り、モートンと3人で戻ってから住んでいたフラット。
2010年に聞いたラジオインタビューの中で、モートンがBBCで“ノルウェーを出た時はまだa-haじゃなかった。イギリスでa-haになった。”と言っていたので、このフラットが正にa-haのスタート地点だったんだと1人で感動していました。
後でa-ha友達のアルバムに同じ風景を見つけ、やっぱりみんな考えることは同じだなと思わず笑ってしまいましたが。
2010年12月4日にオスロで行われたa-ha最後のライブ(日本では輸入盤のみ)でStay On These Roadsの前にマグスも話していました。“27年ほど前、自分達の信じる音楽だけを手に街を離れたノルウェーの若いネズミ3匹のことを、今は容易に思い起こせる。ろくに散髪もしなければファンションセンスも・・・”
(ここで頭が薄くなってきたことをよく言われるモートンが“今は散髪なんてしないよ。髪がないもん!”と突っ込んで笑わせてくれましたが、その後に“けどまだここにいるよ。あと1時間ぐらいは。”と言っていたのは寂しかったです・・・会場では聞き取りにくかったですが。)
マグスの言葉は日によって少しずつ違っていたけど、全く違うタイプの3人がとにかく音楽で食べて行くにはロンドンに行くしかない、オーディエンスがいなければ成功できない、という共通の信念を持ってロンドンに渡り、多くのファンに見つけてもらえたことを、いつも感謝していました。
フラットでは1つの電球しか使えず部屋を移るたびに外しては次の部屋に取り付けたり、ヒーターを使えなくてキッチンのオーブンで暖まったり、コインを入れないと電気が使えなくて同じコインを使い回したり、といった苦労話は初期の頃に雑誌で見ていたけど、この番組でモートンが電球の話をしていたので本当にいろいろ大変だったんだと思います。
それでもヒットが出なくて生活できなくなり、スタジオに泊まり込んで誰もいない夜に音楽を作り続けていたそうです。
YouTubeの動画でPart 1の07:08ぐらいからとPart 2の最初を見ると今ならネット検索ですぐ場所が分かるようになっているので、a-haファンにとっては聖地訪問のようなものかもしれません。
2010年の夏、a-haのファイナル以外にもイギリスでのイベントについて発信されましたが、a-ha.comのニュースはトピックが全て日本語になっているわけではないからか、日本人で知っている人は少なかったようです。
The Hut Projectというのは、ロンドンから電車で30分ほどの所にあるハンプトン・コート宮殿の庭に、平均寿命39歳、人口の4割がHIV+、日々の生活自体が大変なアフリカの貧困地域の住居と同じ小屋を建てて寄付を募るというプロジェクトでした。
http://a-ha.com/news/articles/the-hut-project/
a-ha.comのニュースは7月15日付、寄付を呼びかけるツイッターは7月17日に2回発信された。
2010年10月8日のシンフォニーコンサートではa-ha最初のアルバム(hunting high and low)と2枚目(Scoundrel Days)を順番通り全曲演奏したのですが、ロンドンの前に同じスタイルで行われたオスロでのコンサートは、Mercy Shipsという医療援助の必要な所に派遣される病院船の支援活動のために行われました。
a-ha.com日本語ページでThe Hut Projectが紹介されなくて残念でしたし、環境保護や国際問題への取り組みが日本でほとんど紹介されないことで、いつまでもa-haが見た目だけの軽いバンドのように扱われるような気がして寂しいです。
(2010年はhunting high and lowとScoundrel Daysに別バージョンや未発表音源を付けたデラックス版が発売されましたが、リリース1週目にビルボードのネット販売チャートトップ40に入ったニュースも日本語にならなかったようです)
ただ日本のロック雑誌にしょっちゅう載っていたデビュー直後の頃はインタビューに環境の話はよく出ていたし、最後の来日でカーマガジン( http://www.hobidas.com/blog/car-mag/ura/archives/2010/08/a-ha.html、 http://www.hobidas.com/blog/car-mag/ura/archives/2010/10/a-ha_1.html )が話を聞いてくれたのは初期からのファンにとって嬉しいことでした。
・・・このブログを書きながらオリンピックを見ていたら(オリンピックを見ながら思いついたことを書いていたわけですが)、シンクロナイズドスイミングでイギリスのペアがペール・ギュントの曲を使っていました。
どこで何がつながるか分かりませんね。
ついでなのでもう1つ。
ロンドン五輪の開会式でMr.ビーン(ローワン・アトキンソン)がロンドン・シンフォニーと競演(?)していましたが、a-ha貧乏生活エピソードの“コインを入れないと電気が使えない”という意味をストレートに理解させてくれたのが、実はMr.ビーンでした。
http://www.youtube.com/watch?v=5dgd13bxqE0
ローワン・アトキンソンは今でも大好き(90年代半ば頃は日本でもTV放映があったし、レンタルビデオがVHSの時代はブラックアダーやシン・ブルー・ラインもあって楽しかった)なので、開会式も思いっきり笑わせてもらいました。
ロンドンは国際的な成功を目指した3人の最初の拠点。YouTubeでマグスがその場所を案内していたので、イベントの合間に地図とバス&地下鉄の路線図をチェックして見てきました。
最初にポールとマグスが住んでいた通り、(マグス1人かポールと2人かはよく分かりませんが)バイトしていたパブ、うまくいかなくて一度ノルウェーに戻り、モートンと3人で戻ってから住んでいたフラット。
2010年に聞いたラジオインタビューの中で、モートンがBBCで“ノルウェーを出た時はまだa-haじゃなかった。イギリスでa-haになった。”と言っていたので、このフラットが正にa-haのスタート地点だったんだと1人で感動していました。
後でa-ha友達のアルバムに同じ風景を見つけ、やっぱりみんな考えることは同じだなと思わず笑ってしまいましたが。
2010年12月4日にオスロで行われたa-ha最後のライブ(日本では輸入盤のみ)でStay On These Roadsの前にマグスも話していました。“27年ほど前、自分達の信じる音楽だけを手に街を離れたノルウェーの若いネズミ3匹のことを、今は容易に思い起こせる。ろくに散髪もしなければファンションセンスも・・・”
(ここで頭が薄くなってきたことをよく言われるモートンが“今は散髪なんてしないよ。髪がないもん!”と突っ込んで笑わせてくれましたが、その後に“けどまだここにいるよ。あと1時間ぐらいは。”と言っていたのは寂しかったです・・・会場では聞き取りにくかったですが。)
マグスの言葉は日によって少しずつ違っていたけど、全く違うタイプの3人がとにかく音楽で食べて行くにはロンドンに行くしかない、オーディエンスがいなければ成功できない、という共通の信念を持ってロンドンに渡り、多くのファンに見つけてもらえたことを、いつも感謝していました。
フラットでは1つの電球しか使えず部屋を移るたびに外しては次の部屋に取り付けたり、ヒーターを使えなくてキッチンのオーブンで暖まったり、コインを入れないと電気が使えなくて同じコインを使い回したり、といった苦労話は初期の頃に雑誌で見ていたけど、この番組でモートンが電球の話をしていたので本当にいろいろ大変だったんだと思います。
それでもヒットが出なくて生活できなくなり、スタジオに泊まり込んで誰もいない夜に音楽を作り続けていたそうです。
YouTubeの動画でPart 1の07:08ぐらいからとPart 2の最初を見ると今ならネット検索ですぐ場所が分かるようになっているので、a-haファンにとっては聖地訪問のようなものかもしれません。
2010年の夏、a-haのファイナル以外にもイギリスでのイベントについて発信されましたが、a-ha.comのニュースはトピックが全て日本語になっているわけではないからか、日本人で知っている人は少なかったようです。
The Hut Projectというのは、ロンドンから電車で30分ほどの所にあるハンプトン・コート宮殿の庭に、平均寿命39歳、人口の4割がHIV+、日々の生活自体が大変なアフリカの貧困地域の住居と同じ小屋を建てて寄付を募るというプロジェクトでした。
http://a-ha.com/news/articles/the-hut-project/
a-ha.comのニュースは7月15日付、寄付を呼びかけるツイッターは7月17日に2回発信された。
2010年10月8日のシンフォニーコンサートではa-ha最初のアルバム(hunting high and low)と2枚目(Scoundrel Days)を順番通り全曲演奏したのですが、ロンドンの前に同じスタイルで行われたオスロでのコンサートは、Mercy Shipsという医療援助の必要な所に派遣される病院船の支援活動のために行われました。
a-ha.com日本語ページでThe Hut Projectが紹介されなくて残念でしたし、環境保護や国際問題への取り組みが日本でほとんど紹介されないことで、いつまでもa-haが見た目だけの軽いバンドのように扱われるような気がして寂しいです。
(2010年はhunting high and lowとScoundrel Daysに別バージョンや未発表音源を付けたデラックス版が発売されましたが、リリース1週目にビルボードのネット販売チャートトップ40に入ったニュースも日本語にならなかったようです)
ただ日本のロック雑誌にしょっちゅう載っていたデビュー直後の頃はインタビューに環境の話はよく出ていたし、最後の来日でカーマガジン( http://www.hobidas.com/blog/car-mag/ura/archives/2010/08/a-ha.html、 http://www.hobidas.com/blog/car-mag/ura/archives/2010/10/a-ha_1.html )が話を聞いてくれたのは初期からのファンにとって嬉しいことでした。
・・・このブログを書きながらオリンピックを見ていたら(オリンピックを見ながら思いついたことを書いていたわけですが)、シンクロナイズドスイミングでイギリスのペアがペール・ギュントの曲を使っていました。
どこで何がつながるか分かりませんね。
ついでなのでもう1つ。
ロンドン五輪の開会式でMr.ビーン(ローワン・アトキンソン)がロンドン・シンフォニーと競演(?)していましたが、a-ha貧乏生活エピソードの“コインを入れないと電気が使えない”という意味をストレートに理解させてくれたのが、実はMr.ビーンでした。
http://www.youtube.com/watch?v=5dgd13bxqE0
ローワン・アトキンソンは今でも大好き(90年代半ば頃は日本でもTV放映があったし、レンタルビデオがVHSの時代はブラックアダーやシン・ブルー・ラインもあって楽しかった)なので、開会式も思いっきり笑わせてもらいました。
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